人生が変わる お金の大事な話

【Story2】「時間コスト」や「報酬」の意味

美容室のオーナーはこのとき45歳。銀座の有名店でナンバー1だった人で、20代のころからカリスマ美容師としてもてはやされていたらしい。28歳で独立して渋谷に美容室を持ったそうだ。
このオーナーは美容師なのに、全然それらしくなかった。美容師というと、チャラチャラしているとか、本なんか読まなさそうといったイメージがある。でも、オーナーは日経新聞やビジネス書を読んで、経済や経営の勉強をして、時代の流れや自分のビジネスを考えているような人だった。


一方の僕は、まだ18歳の美容師の見習いで、経済の流れなんて考えたこともない。それどころか敬語もろくに使えないし、あいさつもできない、本当に未熟な若造だった。
でもオーナーは、僕にかんたんな経済の事情やあいさつの仕方、社会人としての基礎みたいなことをいろいろと根気強く教えてくれた。
また、外見はチャラチャラしていてもいいが、一人の美容師として、そして一人の人間としてちゃんとした基礎を築いたうえで、したいならそうしろとも諭された。
いずれこの子は独立する、独立できる見込みがあると信じ、世話を焼いてくれたようだ。


美容室のカット料金にからめて、コスト意識の話だとか、時間もお金だということを教えてもらった。
カットをするのに通常の美容室では1時間くらいかけている。でも、僕が勤めていたサロンでは30分以内と決められていた。
カット料金が5000円の場合、1時間かければ売り上げは5000円だが、30分でカットできれば1時間で1万円を稼げる。そういった「時間コスト」を考えろということだった。また、技術的に優れている人ほど早く同じものが作れる。中華料理でも何でもそうだが、「早いほうが巧く作れて旨いんだ」とたとえ話をしながら教えてくれたりした。
あるいは、「お客さんに喜んでもらった報酬がお金だよ」。そういう発想にも導いてくれた。それまでの僕は、お金を稼ぎ出すことの意味なんて深く考えたことはない。


僕はオーナーの話に感心したし、熱心に耳を傾け、時には質問をしたりするようになった。
だからといって、オーナーが最初から僕の世話を焼いてくれたわけではない。
最初はごくごく当たり前の社会常識から諭されて、そのうちコスト意識や報酬の意味などについても教えてもらい、「新聞くらいは読みなさい」とアドバイスされるようになっていった。
店のお客さんの半分は男性のビジネスマンだ。だからこそ、そういう人たちと会話をするには、新聞を読んである程度の経済や時事ネタを仕入れておく必要がある。
それに、将来独立をして店を出すのであれば、経済や金融の知識も知っていなければいけない。店を出すにはお金が必要で、お金を借りるには金融機関のことや金利がいくらかといったこともわかっている必要がある。また、どういう経済や流行の中でやるべきなのか、やるべきでないのか。そういったグローバルな日で見て考えるためにも、新聞を読むのだと教えられた。


当時の僕の収入では、毎月3000円程度の新聞代すら出すのは惜しい。でも、食べたいものをがまんしてでも、新聞代を捻出した。
最初は、「お客さんと会話を合わせるために新聞は必要かな」くらいの気持ちでいたが、自分のためにも読んだほうがいいと思えるようになったのだ。
何しろ、なにげなく新聞を読みはじめたら、読めない漢字はたくさんあるし、知らない言葉の多さに不安すら覚えるようになった。
〈うわ―、僕には知らないことがいっぱいあるよ〉
新聞さえまともに読めない、知識不足の僕。世の中への「視野」や知識の「基礎体力」みたいなものをもっと身につけたいと思いはじめた。


好奇心と緊張感を抱かせる星さんの話

オーナーはよく、「目に力がある」と話しかけてくれた星さんと雑談をしていた。
僕はあとになってから知るのだが、いろいろと星さんに僕のことも話していたらしい。だから僕がアシスタントについたときに、話しかけてくれたようだ。
しかし、そんなことを知る由もない僕は、何かと話しかけてくれるようになってもわずらわしく思い、聞き流していた。


星さんの話す内容は僕の理解や関心を超えるものが多く、何か勉強を強いられているように感じてしまった。でも、あるとき気づいた。その回調からは、静かで淡々としていながらも教えたいという思いがすごく伝わってくることに。
僕は星さんが飾り気のない口調で話すことに、だんだんと興味を抱くようになっていった。


ある日のこと、こんなことを言われた。
「流行というのは時代の流れを読むにはいいけど、いったん流行ってしまうと、寿命は短くなってしまう。5年前に流行っていた美容室でも、今行くとどことなく古くさいイメージを拭えない。長く流行らせつづけるのが一番大変なんだよ」
また、ガラス張りの美容室で、椅子に座りながらこんなことも言っていた。「外を見てごらん。1年前よりも、買い物袋を持っている人が少ないだろう。これから景気は悪くなっていくと思うよ」


僕が18歳の1992年当時は、バブル崩壊の直後で世の中にはまだどこか浮かれた空気が漂っていた。不動産関係や飲食関係の人たちは、お金をどんどん使っている風だった。接客業の女性たちも、毎日のように美容室にセツトをしに来ていた。
でも、じわじわと気づかないうちに、消費生活にはしわ寄せが来ていたらしい。その後、美容室の売り上げは徐々に減少していき、2年後、僕が20歳のときには極端に落ち込んでしまった。


人の動向を見ながら時代の先を読む

星さんは人の動向を見ながら、時代の先を読める人だった。だから、「ここのオーナーはこれから美容室に新しい人は入れないだろうね。このサロンを拡大していく計画はもうないかもしれないね。きっと、従業員が辞めればそこで縮小するよう切り替えていくはずだ」
と言えたのだろう。
「残った人数でいかに美容室の経営をうまくまわしていくか。そういったことを街の匂いから感じとって、経営に取り入れられる人だよ、ここのオーナーは」


そう高く評価し、オーナーの資質を見抜いていた。だからよく2人して雑談に興じていたのだろう。
また、景気が悪くなる兆候はいろいろなところに表れるという。
「たとえば物流のためのトラックが減って道路の渋滞も減っていく。逆に渋滞が多くなると景気が良くなるものだよ」


「景気が悪いときには暗い色のファッションが流行るよ。暗い景気は身につけるものにも影響するものなんだね」

〈星さんみたいに成功している人は、街の匂いを敏感に感じとっているんだな〉

同時に、その感じた匂いを、仕事や将来の計画に反映させる力がある。そのことを、若かった僕は会話の中から、なんとなく察していた。


僕に欠けているものを教えてくれた大人たち

僕はよく星さんなりの哲学を聞かせてもらった。
「運は自分でつかみ取るものだよ。宝くじも運だが、ビジネスで成功した人間や株とか投資で成功した人も、1回目だけは運のおかげかもしれない。でも2回、3回、4回と成功している人も運だと思うかい?」
僕は首を横に振った。
「私も運だとは思わない。見えないところで努力をしているんだよ、成功している人はね」


このころの僕はまだ20歳前だった。でも身近にオーナーや星さんのように、生き方のより良い方向を示してくれる人がいたのは幸せなことだと思う。
僕は美容専門学校を卒業して社会に出た。そのときは生意気にも、中学までに習った知識だけで、世間の大人たちと十分に太刀打ちできると思っていた。
ところが星さんやオーナーと出会って、いろいろな話を耳にしているうちに、自分の狭量な考えや無知さ加減に気づかされた。
振り返ってみれば、18歳から22歳まで美容室にいた5年間に学んだものは相当に大きい。僕は今でもオーナーに感謝している。オーナーが教えてくれなかったら、僕は自分に社会常識が欠けていることも、自分の無知にも気づかなかっただろう。そして星さんのような成功者に出会うことがなかったら、いまのようにビジネスや投資に必要な考え方や発想は身につかなかったはずだ。


僕に欠けているものといえば、まず金銭感覚だった。
当時の僕はまだまだ子供で、お金の使い方も知らなかった。もちろん親や学校教育ではお金のことを教えてくれることもなく、「働いて稼いだ収入以上使ってはいけない。残りは毎月貯金をするべきだ」という程度の知識しかなかった。しかし、そんな知識さえも活かすことはできず、入ってきたら入ってきた以上に使ってしまうという生活をしていた。美容師時代の月給が13万円なのに、それ以上に散財していた。お金がなくなったらローン払いにしたり、親から借りたりしていた。欲しいものと必要なものとの区別がつかない「子供」だったのだ。
また、集中力にも欠けていた。長時間、踏んばる力がない。飽きっぽい。


さらに、人の気持ちを理解しようとする心が足りなかった。
とはいえ、自分に欠けているものを一朝一夕に埋めることもできない。僕はオーナーや星さんから学んだことを心に留めておくことにした。こういう教育を、給料をもらいながらしてもらったのだ。
僕は美容師として働き出してから、ようやく物事についてまともに考えるようになった。美容師になったからではなく、美容室に入って、オーナーや星さんに出会えたので、だんだんとまともな人間になっていったのだ。
この2人との出会いで、僕の人生が変わった。


いわば僕は「最高の名医」といえる人たちと出会えたのである。それがなかったら……何も考えていなかった僕は、きっと夢もなく経済的に不安定な毎日を送り、ただ無為な時間を送っていたことだろう。あるいは「年収150万円」がいくらか上がっていったとしても、今日の不動産投資から大きな収入を得る僕は存在しなかったに違いない。