人は必ず優れたところを持っている
僕は自分の限界を知って美容室をやめたあと、職を転々とした。
22歳ごろから、フリーター生活を2年ほど送った。
経済的にもつらかったが、それ以上に精神的なつらさがあった。自分だけが時間の進まない人間のように思えた。お金はないし、だんだんと友人とも会いたくなくなってきた。
気がつくと夜まで誰とも何もしやべっていないことさえあった。僕は「何も言わない日」を作りたくなくて、とりあえず「アー」とか「う―ん」とかひとり言を発してみたこともある。
この感覚はロスに留学していたころに似ていた。
こんな閉塞感を三度まで味わうと、自分で考えていた自分の性格が疑わしくなってくる。
僕の性格は元来、遊びが好きでひとり遊びもできるし、楽天的で並はずれて負けず嫌いのはずだ。ところがこのときばかりはそうも言っていられなかった。
でも僕が貧乏と孤独に溶け込むこともなかったのは、孤独を三度までも噛みしめる経験をしたこと、また人との交流やそのありがたみを星さんに再会して教えてもらったからだろう。いや、それ以前から僕は星さんに学んでいた。
あるとき僕はたずねてみた。
「星さんは、なんで美容師だった僕にいろいろと教えてくれたんですか?」
「美容室という空間の中で、君はなじんで見えなかった。なんとなく浮いているように見えたんだ。君の突っ張っているところに肩入れしたくなったのかもしれないね。それに、君には人の話を受け入れる素地があると思うからさ」
確かに僕は人の話を聞くのが嫌いでなく、むしろ教えてもらうのは好きだ。さまざまなセミナーに足を運んでは、人の話を聞いて回ったりしていた。貧乏な僕は無料のセミナーに通うことが多かったが、ときには有料のところにも参加した。意識してはいなかったが、そのころから「自己投資」をしていたのだ。
僕は星さんに、最初から惹かれていたのかもしれない。いつも年下の親しい友人に対するような接し方をしてくれていたからだ。
「有能な人間というのは、誰でも内に動機がひそんでいる。より高い目標を達成したいという動機を内に持っているんだ。モチベーションのない人は、何をしても成功しないよ。動機を持ちつづけることは大変なことだけど、動機を見失っちゃいけない」
動機どころか、そのときの僕は自分自身すら見失っていた。でもありがたいことに、星さんは僕を励ましてくれた。
「人間は必ず他人より優れたところを持っている。ただ、本人にはそれがわからないだけなんだよ」
と言い、あるときは、
「貧乏は人を作る試練場みたいなもんさ」
と笑った。
「いいかい、泉くん。お金を持っている人と持っていない人とは何が違うと思う?」
「そんなの貧乏な僕にわかるわけがありませんよ」
僕はふてくされながら答えた。
「それじゃ今はわからなくても、覚えておくといいよ。お金を持っている人はお金が入る仕組みを持っているんだよ」
「お金が入る仕組みですか?そんな仕組みがあったら夢のようですね」
「そう。かんたんには作れないよ。それを作るには強い意志と意欲、それに努力が必要だ」
そして努力には三つある。見えるところでする努力、見えにくいところでする努力、見えないところでする努力だという。
「サラリーマンは見えるところでする努力ばかりが評価されるけど、お金の入る仕組みを持っている人は、陰ひなたなく努力をしなくちゃならない。とくに大事なのが、考えるクセをつける努力だよ。クセや習慣にはバカにできない強い力がある。どんな習慣でも、それを断とうとすれば、落ち着かなくなって不安になるだろう」
僕はさらに、神妙な思いで聞きつづけた。
「お金の入る仕組みを持っている人たちは、習慣の力を利用して、若いころから考えるクセを身につけているんだよ。だからアイデアがひらめきやすく、ビジネスに成功しているのさ」
クセといえば、僕は何かしら運動をしないと気持ちが落ち着かない。それで17歳のころからサーフボードに乗り出した。いまでもほとんど毎日乗っている。それがクセ、習慣となっているといっていい。だから、クセの話はよくわかった。
動かなければ何も始まらない
僕にも「お金の入る仕組み」をもつ意志と意欲はあると思う。
〈あとは考えるクセをつける努力か。そうすれば僕にもお金のなる木がもてるのかな〉
そんな仕組みを、いったい作れるのだろうか。不安げに見返す僕に、星さんはこう言った。
「お金持ちはお金のために自分を働かせるのではなく、自分のためにお金を働かせるんだよ」
自分が働かなくてもお金が入ってくるシステム。その仕組み作りをすること――ぜひ、そんな仕組みを作りたいと思った。
何もやらないで、今のままの生活を続けるよりも、やって失敗したっていまと大して変わらない。それならやるべきだろう。
〈でも、どうやってその仕組源を作ればいいんだろう。星さんはどうやって作ったのだろう…〉
そんな僕の心の内を見透かしたかのように、
「人によって、取り組むべき優先順位というのは違う。まず、自分にできそうなことから始めるといい。目標を高く掲げて失敗するより、実現可能なことから少しずつ取り組むのが賢明だよ」
そうアドバイスをすると、
「いいかい、知恵は生きていくうえでの底力となるんだ」
と付け加えた。
「ビジネスの基本は自分で考えて行動することだよ。さあ、本来の君の姿を見せてくれ。動かなければ何も始まらないよ」
星さんの言葉を聞いて、ようやく僕は闇夜の手探り状態から解放される思いでいた。悪夢の酔いから目覚めることができた気分だった。
そのとき僕は、星さんと再会したときの言葉を思い出していた。
「縁だってその人の努力が作るもので、偶然というのはない。すべての存在は必然的な関係において存在しているんだ」
それまで僕はすべて自分で判断し、誰かに相談することもなくやってきた。
けれども、それで物事が順調に運んできたというわけではない。
「人は逆境や失意に直面すると、えてして人生を放り出したくなるものさ。それが普通、あるいは普通以下の人だ。でも逆境のときこそ、平常心で力を発揮できる人間、そういう人が本当に能力のある人で、成熟した大人なんだよ」
環境が整っていないからといって、成熟した大人になることを拒むような生活をしてはいけない。
〈よし!僕も自分の努力で大人になっていくんだ〉
最後に念を押すかのようにこんなことを告げられた。
「いいかい。知恵のありったけを尽くして、ゼロから考え直してみなさい。それが肝脳を絞るということだよ」
頭から煙が出るほど考えてみなさいと、星さんはあの笑顔を見せ、僕をわずかな可能性へと駆り立ててくれた。
だんだんと自信を取り戻しつつあった。
それからというもの、僕は何かというと、星さんに相談させてもらった。
このときから「ドン底」にあった僕の人生の歯車は大きく回り始める。