物件巡りの焦り
現地に見に行った物件が50件に達したあたりから、少々私は焦り始めていた。欲しいと思える物件と巡り合わないのだ。
「物件価格1200万以下、超都心、所有権、固定費が家賃の10-20%、実質利回り6.5%以上」と、条件は徐々にブラッシュアップしていった。 早く不動産購入の一連のフローの経験値を積みたかったため、あえてそれほど厳しいハードルは置かないでいた。したがって、サイト検索などではそこそこの物件数がヒットはする。
しかしいざ現地に行ってみると、「欲しい」という感情が芽生えないのだ。
理由の多くは前回触れた「管理が残念!」という物件だ。しかし管理などはそこそこしっかりしていても、「街が物寂しい」や「廊下が低くて薄暗くてなんか不気味」とか、何かしらひっかかるのだ。
「投資は事業!数字で判断しろ」とハードボイルドに指南する自分と「でも買い物は買い物だ。好きになれんものを買うのは味気ない」と浪花節で反論する自分がいる。
特に初めて購入する物件には何かしらの愛が欲しい。そんなことを考えていると「もしかしたら、この世に欲しいと思える物件なんて存在しないんじゃなかろうか」などと焦り始める始末だったのだ。
初の心奪われた物件
そして四谷三丁目の物件と出会った。
まだまだ残暑の厳しい季節だったが、ウォーキング用厚底スニーカーや「大正時代の貴婦人かよ!」と突っ込みが入りそうなツバ広帽子などの「物件視察グッズ」を装備した私はヤル気は満点だ。その日は牛込柳町~神楽坂~市ヶ谷~四谷あたりを歩いていた。
管理もよく素敵な佇まいの物件があっても、エレベーターが古すぎるとか隣地が怪しいゴミ屋敷とか看板サビサビとかのケチをつける材料があり「これ、欲しい!」とは思えないまま、あてもなく歩いた。
その物件は四谷三丁目駅と曙橋駅の中間に位置しており、どちらの駅からも徒歩5分ほどだ。立地的には最高だ。
四谷三丁目側から「住人だったらここを通るであろう」という最短の裏道を歩いた。小さな美術館に学校、近所の子供が遊んでいる公園と都心ながらも古い住人の気配がある素敵な街並みだった。「いいじゃないの~」と思いながら遠くに13階ほどの建物が見えた。
近隣とは距離もあり凛とした佇まいに「あの建物だったらいいな」と思いながら近づくと、果たしてお目当ての物件が入る建物だった。
「きれい!」と唸るほど管理がしっかりしていた。築38年なのだが、現役感がハンパない。
建物の裏側から敷地に入ると、駐車場や駐輪所はゴミひとつ落ちてないほど清潔で、規則的に並べられた自転車からは住人マナーの良さもうかがえた。管理室もあり、管理人が「こんにちは」と挨拶、その横の連絡ボードには「ゴミ出し」などのストック系のメモと「今月の工事予定」などのフロー系の情報メモが区分されて分かりやすい。エレベーターは新型のもので容量も大きい。物件のある6階に上がっても、ドアはペンキが塗り替えられ清潔感がある。ドアだけではなくガスメーターや非常階段の手すりなどもきちんとペンキが塗り替えられている上に、掃除が行き届いている。昔のドラマの鬼姑のように指をつつーっとしてもホコリもつきやしない。
次に、裏側ではなく正面のエントランス側に行ってみる。
文句なくカッコ良かった。ライトアップされたスケルトンの非常階段、正面側だけ凝ったバルコニーに壁面にはモザイク模様のグレーと茶の落ち着いたタイルが使用されている。そして看板ではなく砂利石の小さな庭の上に石碑でマンション名が掘られているのも渋い。
物件を擬人化してみた
物件の正面に仁王立ちしながら、私は「岩城滉一みたいな建物だ」と思った。
(※ちなみに、後に気がつくのだが、私の重視する三大要素「①街の雰囲気 ②建物の建築思想 ③管理の良さ」という条件が絶妙に噛み合った時、どうも私は建物を擬人化してしまうらしい。結果、私が購入した6物件には全て著名人の誰かの名前がついている。)
四谷の岩城滉一…。
靖国通り沿いの超都心にありながら、少し硬質な佇まいが近隣のごちゃつきとは一線を画する。そして年輪を重ねたからこそ出せる渋みや迫力がある。到底ケツの青いタワマンでは数年後に醸し出せない味わいだろう。
私はこの物件に出会い、心の底から嬉しかったことに加え、安堵をした。ちゃんと私が気にいる物件がこの世にある。きちんと探せばあるということに心の底から安堵した。
私はその夜、仲介の不動産屋に申込みをしたい旨の連絡をした。
そして、すぐさま四谷三丁目に隣接している「魅惑の夜の街:荒木町」の居酒屋に祝杯を上げるためにピッチ走法で駆け込んだ。